寄り道
～決定～

空に、異形の魔が出現した。

ゾフェル氷刃海において、若干１５才の少女が『聖核(アパティア)の精霊化』という前代未聞の理論を実証し、「天才魔動士」の称号が伊達ではないと証明した直後だった。
『星蝕み』。
名は知っていたが、見れば想像以上に巨大なそれは、不気味にうねり、禍々しく八方へと脚を伸ばし、空一面を覆ってもあまりあるほどだった。
ジュディスがバウルとの交信からその情報を得たのは、まさにその時だった。

「ノードポリカの町が、星蝕みに襲われているそうよ」

ノードポリカはギルド『戦士の殿堂(パレストラーレ)』が治める町だ。屈強な猛者達がいる。
けれど、魔物を凌駕する存在に、果たしてどれだけ対抗できるか。
「助けに行かなきゃ！」
カロルの言い分に、全員否やはなかった。一行にはバウルがいる。彼なら件の地まで一飛びだ。
「じゃあ、ノードポリカへ向かうよう、バウルに伝えるわね」
ジュディスの確認に、ユーリが即座に答えた。

「いや。ダングレストだ」

「え‥‥‥‥‥‥？」

全員の視線が一点に集中したのも当然だろう。
この緊迫した状況にあって、何故、『ダングレスト』。

困惑の局地にありながら、一番先に立ち直ったのはジュディスだった。
「‥‥ダングレスト、でいいのかしら？」
「いっ‥‥‥いいわけないじゃないのよっ!?」
甲高い叫び声が、平原一帯に響き渡った。リタだ。
「何考えてんのあんた!?この状況でなんでダングレスト!?全っ然、方向だって違うじゃない！」
「ダングレストに何の用事です、ユーリ？」
戸惑いに小首を傾げるエステルに、問われた当人はあっさりと答えた。

「トマトがないんだ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥と、『トマト』？」
「トマト。だから買いに行かないとな」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」

トマトは、星蝕み襲撃よりも優先される事項──なのだろうか。

「ばっ‥‥バッカじゃないの‥‥っ！」
リタが叫んだ。怒り、というより、呆れと嘆きと困惑が高じての結果らしい。
「トマトがないですって？そりゃあんだけミートソースばっか作ってたんだから、なくなって当然よ！あんだけ作って、まだ作ろうっての!?冗談じゃないわ」
「え、つっこむトコ、そこなんだ‥‥」
カロルにも指摘されるくらい、論点がずれているのがいい証拠だ。
「リタっち、ミートソース大っ嫌いだもんねぇ」
「うっさいおっさん！！」
「おお、こわ」
くわばらくわばら、と、わけの分からない呪文をつぶやいて、レイヴンがあっさり引き下がる。とはいえその顔はどう見ても、おもしろがっている表情だ。
カロルが首を傾げた。
「でもなんでダングレスト？ノードポリカにもトマト売ってるよね」
「そのノードポリカは、魔物を倒さないと入れないだろ」
「ああ、そうか」
「そこで納得してどうするよ少年」
レイヴンがにやにやと笑う。
たかがトマト。
戦闘するなら、どのみち終わるまで食事はできないのだ。
だったら済んでからでもかまわないだろうに。
「まあ‥‥敵さんに投げつけて『目つぶし攻撃！』とかってんでもないんでしょうに」
「ああ、それもいいかもな」
「ふざけてんじゃないわよ！」
「そうですよユーリ、食べ物を粗末にしてはいけません」
「え、エステルまで‥‥」
「嬢ちゃんもたいがい、論点ずれるよねぇ」
ジュディスはクスクスと笑うばかりだ。

「ノードポリカならなんとかなるだろ。俺達の援軍なんて、はなから期待しちゃいないだろうしな。『戦士の殿堂』の連中が、意地でも守り通すさ。」
頭上に浮かぶバウルの巨体を見上げながら、ユーリは船に乗り込んだ。
「それに俺達は、今さっき極寒の地から出てきたところなんだぜ。さんざん魔物相手にして、万全の戦力ってわけでもないしな」
「そうね。このまま行ったら、かえって『戦士の殿堂』の足手まといになるかもしれないわね。特に」
ジュディスはちら、と視線を流した。
「おじさまとか」
「え？」
ぽかん、と目も口も丸くしたのはレイヴンだ。まさか自分に鉢が回ってくるとは。
「レイヴン、そういえば寒がりだったよね」
「何？おっさん、『疲れた』だの『休みたい』だの騒いでたのって、あれ、マジだったの？」
「いや‥‥いやいやいや、あれはほんの、そう、場を和ませようという俺様の冗談で‥‥」
ジュディスに続いて、カロル、リタも乗り込む。足元をラピードがすり抜けた。
「おっさんのは冗談じゃなくて、ワガママだろ」
「あら、切ない」
トホホ、と大仰にしおれてみせるレイヴンの後から、エステルが乗り込む。
これで、全員だ。
「レイヴン、大丈夫です？」
エステルの問いかけに、船室へと続く扉の脇に座り込んでいたレイヴンは、ことさら明るい笑顔でひょい、と立ち上がった。
「大丈夫も何も、元気元気」
そう言って、ぴょん、と弾んでみせる。
「寒いのは苦手だけど、ここはまあ、マシだからね。なんなら今すぐだって戦えるわよぉ」
「だめですよ無理しちゃ。胸の魔動器の調――」

言葉が途切れた。
いや、正確には――

「嬢ちゃんてばホンット、優しいんだから～！おっさん泣けてきちゃうじゃないの～！」
突然の大声に、皆が振り返った。
「‥‥おっさん。何エステルの口ふさいでんだ？」
「エステルにやらしいこと、しようとしてたんじゃないでしょうね」
ユーリとリタの冷たい視線に、レイヴンはパッと両手を上げてみせる。
「そんなわけないでしょ～よぅ。その、ほら、エステル嬢ちゃんがあんまりいいことばっか言うから、おっさんつい照れちゃってさ～」
「ほ～ぅ」
「ホントだってば～っ」
馬鹿っぽい、と、リタがざっくり切り捨てる。

それきり背を向けてしまった仲間たちは、気づかなかっただろう。
たぶん‥‥大丈夫だ。

「じゃあ、ダングレストでいいのね？」
「ああ、頼む」
「バウル、お願い」
高らかな咆吼と共に、足元に浮遊感が訪れる。
視界の山々が一気に低くなり、船は空へと舞い上がった。

2009.1.6

はい、これ、実際にやりました(苦笑)。
トマトのために、行き先変更。
ノードポリカの皆さんごめんなさい、と思いつつ、
でも『トマト』がなかったんだよ。
『ミートソース』の熟練度はMasterまで上げなきゃ大会で勝てないんだよ。
そして『トマト』って、以外に売ってる町少ないんですよねぇ。
(他の食材もそうですが)

どれだけ待たせても、星蝕みさんは待っててくれる。
いいなあ、ゲームって(笑)

ちなみにこれ、続きがあります。性懲りもなく。