風渡る空に

機内は大勢の客でごった返していた。 少しずつ流れていく人の列に従って歩きながら、ヒカルは頭上の座席表示の中から自分の席を探す。 「38のＤ‥‥38の‥‥ああ、あった」 中央列、通路側の一席。 そこだけがぽかりと開いている。 見上げてきた隣の席の女性に「すみません」と声をかけ、ヒカルは遠慮がちに腰を下ろした。 背もたれに体重を預ける。 ふぅ、と無意識に吐息が漏れた。 仕事で北海道へ行くことになった。 ヒカルにとっては初めての飛行機だ。 ただ、芦原や冴木、そして塔矢アキラもこの仕事に関わることになっていたので、現地集合にもかかわらず、同行に声をかけられたのは正直ありがたかった。 「この時期に北海道の仕事を企画するなら、棋院も飛行機のチケットを用意するくらいの配慮が欲しいよね」 羽田でチケットを渡してくれた冴木がそんなことを言っていた。 「でも、席はみんなばらばらなんだよなぁ」 「この時期チケットが取れただけでもありがたいと思え」 あっけらかんとした芦原を、冴木が呆れたように睨む。 「まったく、全部人任せなんだからな、あんたは」 「頼りにしてるよ、冴木クン」 「飛行機ってそんなに混んでるんだ」 ヒカルが言うと、冴木は軽く肩をすくめた。 「この時期だから混んでるんだよ。普段はそうでもないさ」 「ふぅん」 なんにせよ、ヒカル１人だったら、まず飛行機に乗る前にギブアップしただろう。 手荷物検査をすませて、搭乗ゲートへ。 そのまま飛行機に乗るのかと思いきや、何故か待っていたのはバスで、単純にヒカルは感心する。 「進藤君は、飛行機初めてだって？」 芦原に言われて、ヒカルは頷いた。 「知ってるかい？飛行機は乗る時に靴を脱ぐんだよ」 「芦原さん！」 横からアキラが、抑えた声で鋭くたしなめる。 なんだよ、ほんの冗談だよ、と、芦原は無邪気に笑って弁解する。 ヒカルは前の席に座ったアキラの耳元にこっそり問いかけた。 「嘘、だよな？」 「当たり前だろう」 フン、と腹立たしげに、アキラは答える。 車内がほどほどにいっぱいになったところで、バスが発車した。 広々とした構内を抜けて、ものの数分でバスは停止する。 タラップを上がり、機内への入口をくぐる時、なんとなく気になっていたので訊いてみた。 「なあ‥‥‥もしかしておまえ、騙されたことある？」 アキラはグッ、と詰まったような顔をして、渋々「５才の時だから」と口にした。 「ひっかかったんだ」 「‥‥‥‥‥悪いか」 「いや、別に」 それでもつい、顔に出たのだろう。 ふと気配を感じて振り返れば、かつてないほど恐ろしい眼差しで睨まれていて。 ヒカルは思わずとびずさって前の客とぶつかってしまい、周囲からは胡乱な目で睨まれ、芦原からは「進藤君、少し落ち着きなよ」と無邪気に言われ、いたたまれない思いをしたのだった。 雑然とした機内。 ヒカルが搭乗ゲートをくぐったのだってぎりぎりだったのに、それでも席に座るヒカルの横を、次々と人が通り過ぎていく。 シートベルトをしようとして、抱えていた上着とリュックが邪魔になった。 「前の座席の下へ」入れることになっているらしいが、あいにくヒカルの前はスクリーンの掛かった壁になっていて、足下に置くしかない。 結局、いったん立ってリュックは頭上の荷物入れに押し込み、上着はそのまま抱えていることにした。 飛行機が大きいとはいえ、やはり内部は狭いのだ。 シートベルトをして再び落ち着いたヒカルは、ふと、「佐為がいたら」と頭に浮かんだ。 佐為がいたら。 佐為は幽霊だから、誰かとぶつかる心配はないけれど、それでも視覚的に居場所に困ったことだろう。 席に余裕はない。 通路も人１人の幅しかない。 ぐるりと周囲を見渡して、少し先の非常扉の前が人の流れから外れているのを見つけた。 佐為、おまえ、あそこへ行ってろよ。ジャマだから。 ───ひどいです、ヒカル〜。 そんなことを言いながらいじけたように、それでも言われたとおりに非常扉の前に佇む佐為の姿が、容易に目の前に甦って、ヒカルは小さく忍び笑いを漏らした。 スクリーンやモニターに、非常時の避難方法や救命具の使い方などを説明したビデオが映し出されていた。 さわりだけは真面目に見たものの、すぐに面倒になって、ヒカルは非常扉のほうに目を向ける。 〈佐為〉はまだ、そこにいた。 佐為。これから空を飛ぶんだぞ。 ───この部屋がですか？いやですねえ、ヒカル、こんなに大勢の人が入っている部屋が浮かぶわけないじゃないですか。 それが、浮くんだなあ。だいたいここ、飛行機の中だぞ。おまえが「巨大鳥！」って言ってた、アレの腹ン中だぞ。 ───そうなんですか？ 〈佐為〉は半信半疑といった表情を浮かべながら、それでも期待に満ちた瞳で傍らの窓の外を見る。 ヒカルの位置からは、窓は遠くて、ほんの僅かしか外の様子を見ることはできなかった。 スクリーンやモニターに、外の様子が映し出されている。 それでもヒカルは身を乗り出し、切り取られた景色の断片を覗き込んだ。 ───ヒカル、まだ飛びませんよ。 これから飛ぶんだよ。飛ぶためには助走が必要なの。 飛行機は、何度か方向を変え、ターミナルから遠ざかっていく。 やがて、飛行機は止まった。 ───止まりましたよ。 さあ、これからだ。 ふいに、走り出した。 ぐん、と加速をつけて、走る。 エンジンが唸る。 唸る風が、徐々に高く咆吼をあげる。 ふ、と、景色が傾いた。 ───あ‥‥‥‥！ 〈佐為〉の瞳が見開く。 窓に両手をついて食い入るように見つめる〈佐為〉の向こうに、大きく傾いた滑走路と、またたくまに小さくなっていく車や建物が見えた。 ───うわ‥‥‥うわあ、ヒカル、ヒカルほら‥‥‥！ 広い空と、広がる町が見える。 少しずつ、けれど確実にその割合を変えながら、景色は変化していく。 ───ヒカルヒカル、ほら、建物があんなに小さい。 だから、飛んでるんだってば。 ───飛んでいるんですか。 空の上なんだよ。ここは。 手放しではしゃぐ〈佐為〉の姿に、ヒカルは小さく笑う。 小さな窓の外に、光が溢れていた。 まぶしい光の中に、青い海が広がっていた。 ポン‥‥、と軽い音とともに、シートベルト着用サインが消えた。 窓の外を見ると、真っ青な空の下に白い雲海が広がっていた。 ───ヒカル。ここは雲の上ですか。 そう。飛行機は、雲の上を飛ぶんだよ。 ───なんだか、ふわふわしていて、歩きにくそうですねぇ。 雲の上は歩けないの。 ───でも、雷様や神様は、雲の上にいらっしゃいますよ？ ‥‥じゃあ、カミナリサマとカミサマに会えたら、訊いてみろよ。 そう、佐為はそんなことを言いそうな気がすると、ヒカルは思わず微苦笑を浮かべる。 視線の先で、〈佐為〉は長身を屈めて、窓の外へと顔を向けていた。 白い横顔に光があたって、透き通るようだった。 どうだ、空を飛んだ気分は？ ───そうですねぇ‥‥。 〈佐為〉が微笑む。 ふわりと、ほころぶように微笑む。 微笑んだまま、晴れ渡る空を見つめている。 ───人は、空を飛べるようになるんですねぇ。 ヒカルは〈佐為〉を見つめる。 懐かしいその微笑を見つめる。 〈佐為〉の紅い口元が、やわらかくほころぶ様を見つめた。 そして、耳に心地よいあの声が紡がれる様を。 ───本当に、素晴らしい。 「‥‥ぁ‥‥‥」 佐為、と。 そう、ヒカルが口を開きかけた時。 〈佐為〉が、振り返った。 ───ヒカル。 ヒカル、と呼んだ唇は、続けて何事かを話すように動いた。 けれど、何も聞こえなかった。 ヒカルは僅かに身を乗り出した。 〈佐為〉は、淡い笑みを浮かべて、何かを言っている。 何かを言っているはずなのに、けれど、ヒカルの耳には何も聞こえてはこなかった。 佐為。 ヒカルは呼びかけた。 佐為。 もう一度、呼びかける。 ふと、苦しくなって、抱えた上着を抱きしめた。 ───ヒカル。 〈佐為〉が、微笑む。 佐為。 佐為。 聞こえない。 何を言っているのか聞こえない。 「───‥‥ぃ‥‥っ」 「お客様」 鼓膜に直接響いた声に、ハッとして顔を上げる。 見上げると、客室乗務員の女性がどこか心配そうな表情で見つめていた。 「お客様。大丈夫ですか」 「大丈夫って‥‥」 ふと、我に返る。 自分はどんな顔をしていたのだろう。 ばつが悪くなって、思わず視線を逸らす。 「なんでもないですから‥‥ちょっと、夢でも見てたみたい」 無理やり笑顔を作って、ヒカルは答えた。 スチュワーデスは困惑したような顔をしていたものの、それ以上深くは関わってこなかった。 「お客様。お飲物はいかがですか」 「お飲物‥‥」 見れば、彼女の手には紙コップの並んだ盆が載っている。 「じゃあ‥‥お茶を」 何でもよかったから、適当に答える。 小さな紙コップを手渡して、彼女は次の客へと行ってしまった。 手の中の茶色い液体を見つめて、ヒカルは軽く瞳を瞬いた。 微かに揺れる液体に、どこか途方にくれたような自分の瞳が揺れていた。 顔を上げて、非常扉のほうへと目を向ける。 そこには、何もない。 ただ、小さな四角い、光に満ちた窓があるだけだ。 けれど、ゆっくりと瞳を閉じて、ゆっくりと瞳を開ければ。 そこには〈佐為〉が立っていた。 懐かしい笑顔で、優しい瞳で、ヒカルをまっすぐに見つめていた。 ───ヒカル。 甦る、彼の声。 その声で呼ばれるのを当たり前だと思っていた、幼い自分。 その声で呼ばれるのは自分だけなのだと、どこかで誇らしく信じ切っていた自分。 記憶に今も鮮明に残る、自分を呼ぶ声。 ───ヒカル。 〈佐為〉が呼ぶ。 だから、道理なのだ。 〈佐為〉の「ヒカル」と呼ぶ声が、「聞こえる」のも。 〈佐為〉の続く言葉が、「聞こえない」のも。 飛行機が飛ぶ。 巨大なエンジンの立てる音が、低く低く、微かに機内を満たす。 人の立てる雑多な物音が、穏やかにさざめく。 ヒカルは、あいかわらず非常扉前に佇んでいる〈佐為〉を見つめた。 好奇心旺盛で、現代の様々な物事に素直に驚いた彼───藤原佐為。 だから、初めて飛行機に乗ったならば。 初めて空を飛んだならば。 きっとこう言うだろう、という予想は容易についた。 そう、『予想』、という名の、幻想だ。 ヒカルの願望が見せた幻。 先程までの佐為の驚きは、自分の驚き。〈佐為〉はそれを再現しただけのこと。 あの佐為は、ヒカル自身。 あれは、本当の佐為の言葉ではないのだ。 だから、〈佐為〉は語らない。 ヒカルは、佐為の本心を知らないから。 佐為が本当に言いたかった言葉を、ヒカルはついに聞くことはなかった。 聞かずに別れてしまった。 だから、目の前の〈佐為〉が何を言いたいのか、何を言おうとしているのかを、ヒカルは知らない。 知り得なかった。 佐為は、「いない」のだから。 だから、ヒカルの望む言葉ではなく、佐為自身の言葉を、ヒカルが「聞く」ことはないのだ。この先もう、ずっと。 ただ、記憶の佐為が「ヒカル」と呼びかける。 ヒカルが「聞く」ことができるのは、そこまでだ。 ───ヒカル。 〈佐為〉が呼ぶ。 しっとりと、それでいて凛と筋の通った声で、ヒカルを呼ぶ。 ヒカルは〈佐為〉を見つめ続けた。 なあ、佐為。 おまえ、今、何を言いたい？ オレに、何を言いたい？ 〈佐為〉は、語らない。 ただ、微笑むばかりだ。 でも、それでも。 前に進むことの方がいいのだと、思うのだ。 佐為はヒカルに道を託した。 ヒカルは受け継ぐことを決意した。 寂寥や感傷がないといえば、嘘になる。 けれど、打たせてあげられなかったことを悔やむより。彼の思いを真摯に受け止めていなかった自分を責めるより。 佐為に託されたこの身で、碁を打ち、彼と共有したこの心で、たくさんの物事を見て、聞いて、知る。 佐為がここにいたら、きっと一緒になって喜ぶだろうことを、一つでも多く。 そうすることで、自分も、〈佐為〉も、先へ進めると思うのだ。 なあ、佐為。 ヒカルは、〈佐為〉に話しかける。 飛行機に乗ったよ。空を飛んだ。 ───ええ、そうですね。 記憶の彼が、答える。 それは、ヒカルの望む言葉を、記憶の声音に紡がせただけにすぎないのかもしれない。 でも、それでもよかった。 きっと佐為ならそう言うだろう───そう、思うことを許してくれるだろうという確信があったから。 言いたいことは、たくさんあった。 けれど、どれも言葉にはならなかった。 どれも違うような気がした。 少し迷って、ヒカルは言った。 佐為。 思いを込めて、心の中で、彼の名を口にした。 〈佐為〉はただ、ふわりと微笑んだ。 ヒカルが大好きだった笑みを見せた。 窓の向こうに、山並みが映る。 もうすぐ到着するのだろう。 ふと、〈佐為〉の口元が動いた。 ヒカルは瞳を瞠った。 いってらっしゃい、と。 そう、読みとれたのは、気のせいだろうか。 もしそうだとしても、それはヒカルの願望が見せた幻だ。 佐為は「いってらっしゃい」とは言わなかった。 いつもヒカルと一緒にいたから。 けれど、それでもいいと、あたたかな思いと共に、そう思う。 うん、いってくる。 手の中の紙コップをぐいとあおる。 ぬるくなった茶が、渇いた喉をするりと通る。 ポン‥‥、と、シートベルト着用の合図が軽やかに機内をめぐった。 飛行機が着陸し、人の流れにのって外へ出る。 とりあえず一方通行だからそのまま歩いていればいいだろう、と進んでいくと、少し先に見慣れたおかっぱ頭を見つけた。 「塔矢！」 声をかけて、近づいていく。 「なに、冴木さん達ここで待ってる？」 「いや、ここでは邪魔になるから、出口まで行って待っていよう」 そう言ってさっさと歩き出したアキラの後を、ヒカルは慌てて追いかけた。 「でも、止まってたじゃん」 「‥‥ボクも出てきたところだったんだよ」 「ふうん」 歩きながらアキラの横顔をちら、と見やったものの、その真意は読めなかった。 連なる大きなガラス窓の向こうに、空港の様子が見てとれた。 筒状のダクトにつながった飛行機を見て、ああ、自分はあんなところを通ってきたんだなあ、とつらつらと考える。 と、アキラが言った。 「何かあった？」 「何かって？」 振り返ると、アキラのまっすぐな視線とつながった。 「‥‥な、なんだよ」 なんだ、何かまたやったのかオレは。 どぎまぎしながら次の言葉を待つと、アキラは一瞬不思議そうな顔をして、けれどあっさりと視線を逸らした。 「なんだよ」 肩を並べて歩きながら、ヒカルはアキラを覗き込む。 「別に。ただ」 アキラはちら、とヒカルを見て言った。 「ただ？」 「ほっとした顔をしてる」 「オレ？」 アキラは頷くかわりに、軽く肩をすくめた。 「そうか。初めての飛行機はそんなに心細かったんだ」 「はあっ?!なんだよそれ、オレ別にココロボソクなんかなかったぞ！」 「大きな声を出すな。恥ずかしいだろう」 「だっておまえが‥‥っ！へっ、飛行機乗るのに靴脱いだヤツに言われたかねぇや」 「だから！あれは５才の頃のことだって言ったろう?!」 「ほら、大声出すなよ。ハズカシイだろう？」 「進藤！」 「塔矢のくせにオレをからかおうなんて、百年早ぇんだよ！」 「なんだと?!人がせっかく‥‥‥」 怒鳴りかけて周囲の客の視線に気づき、アキラはぐっと言葉を飲み込んだ。 そのまま足早に、通路を進んでいく。 ヒカルも不機嫌にその隣を歩いた。 肩を並べるのは癪だったけれど、後ろを歩くのも悔しかったのだ。 しばらく歩いた頃、アキラがぽつりと言った。 「‥‥悪かった」 「へ？」 思わず立ち止まって、ヒカルはその背を見送る。 と、アキラも立ち止まって振り返った。 「何を止まっているんだ」 早く来い、と促されて、ヒカルはあたふたと追いかける。 出口近くの壁際で、アキラは立ち止まった。 ヒカルもその隣に並んだ。 「さっきのは」 言いにくそうに、アキラが言った。 「ちょっと‥‥うん、嫉妬したんだと思う」 「嫉妬？なんで」 「そういう顔をしていた」 「オレが？」 「キミが」 憮然としたアキラの顔に、ヒカルはわけが分からず首をひねる。 ああ、それでも。 ヒカルは微苦笑を浮かべる。 アキラは〈彼〉の気配を感じたのだろう。 ヒカルの中に。あの、人の感情に疎い彼が。 とどのつまり、それほどよく見ているということなのだろう。 アキラは。 ヒカルを。 自分を見てくれている人がいる。 だからこそ、〈彼〉の『笑顔』を見ることができたのだ。 〈彼〉を思い返しても、自分の足で立っていられることができるようになったから。 その力を与えてくれる人が、ヒカルにはいるから。 だから。 「‥‥ちょっとさ、イイコトがあったんだよ」 「いいこと？」 「んー、まあ、ちょっとね」 「ちょっとって、なんだ」 「ナイショ」 「ナイショ‥‥‥ね」 アキラはフン、と鼻で吐息をつく。 ヒカルはカラカラと笑った。 「珍しいな。諦めの悪い塔矢がもう退くんだ」 「だってキミ、言う気がないんだろう」 「そう思う？」 「ああ。そう見える」 鋭いなあ、とヒカルは笑いながら考える。 と、アキラが言った。 「仕方ないから、キミは飛行機が怖かったんだろうと思おうと思っていたけれど、違うらしいから」 「当たり前だろ」 「だから、きれいなスチュワーデスさんにだらしなく鼻の下を伸ばしていたんだろう、と思うことにするよ」 「なんだよそれは！」 「しょうがないだろう！他にどう思えと言うんだ！」 「なんかあるだろう、他に！」 「他にってなんだ、他にって！」 程なくして、芦原と冴木が姿を見せた。 「おまえら、ところかまわず喧嘩するんだなあ」 「アキラ。おまえの声、俺達のところまで聞こえてたぞ。はっきりと」 「だって塔矢が！」 「でも進藤が！」 ハモったところをあしらうようになだめられる。 「ほら、行くぞ。２人とも」 促されて、ヒカルは歩き出した。 ふと、振り返る。 そこに、「いる」ような気がして───。 「進藤？」 「あ‥‥今行く」 ────‥‥。 くるりと背を向けて、ヒカルは３人のあとを追いかけた。

2005.2.20