ねこのしっぽ




純白の〈滝〉だった。

幾筋もの房が、勢いよく吹き出し、流れ落ちる。
春の日差しに、細かな飛沫が、白銀にきらめいて周囲に舞う。


「‥‥‥‥─────！」


子供は、その丸い大きな瞳を、これでもかというほど丸くした。
まるでその〈滝〉を、すべてその内に取り込もうとするように。


「す、げー、なぁ‥‥‥‥」


ぽかんと開いた口から漏れたのは、そんな感嘆の溜息。


呆然と見つめる子供の前で、〈滝〉は風に揺れ、うねり、銀の光を無数にまき散らした。
風が通りすぎた後も、花房はその余韻を惜しむかのように、しばらく揺れ揺れていた。

「‥‥‥‥‥‥」

子供はそうっと、ぷくりとした小さな指先を伸ばした。
そっと触れれば、まるで応えるように、花房はゆらゆらと揺れた。

今度は、掌で触ってみた。
さく、とたくさんの小さなものが、触れた肌を刺激した。
やわらかな、それでいてつかみどころのないような、もどかしい感触。

と、ふいに子供は、揺れる花房をむんずとつかんだ。
両手につかんだそれを、顔の前にもっていく。
まあるい二つの瞳が真ん中に寄るのもかまわず、子供はじーっとそれを見つめた。
房はだらりと首を垂れ、子供の手の動きにあわせて、ゆらゆらと揺れた。

「ネコのシッポだ！」

ふわり、と風が駆け抜ける。


ザアア‥‥ッ────


〈滝〉が、うねる。


子供はとっさに、短い腕で顔をかばった。
それでも手の中のものを放さなかったのは、気に入っていたからか、それとも、つかんだことを忘れていたからか。
腕の隙間に覗く子供の頬を、やわらかいはずの花房がぴしゃぴしゃとたたいた。


やがて風が通りすぎた後、
自分の手の中に握られたままの純白の〈シッポ〉を、しばらくゆらゆらと振っていた子供は、
突然、

ぷちっ

力いっぱい引っ張られ、花房はあえなく引きちぎられた。
あたりに、地面に、白い花がこぼれる。

子供は、手中の花房と足下を見比べて、やおら花房の端と端を両手でつかむと、アーチのように頭上に掲げた。

「おかあさんに、みせてあげよっ」

満面に笑みを輝かせて、子供は走り出した。









「‥‥ということが、あったんだけどさ」
ヒカルがそう言うと、佐為はものすごく呆れたような顔をした。
二人の歩く道の両側に並ぶ家々のあちこちから、真っ白い雪柳が、今を盛りと咲き誇っていた。
「それは‥‥お母さんも困ったでしょうねぇ」
「すっげぇ怒られた。余所様のお宅のお花を勝手に捕ってきちゃいけません、お花だってかわいそうでしょう、って」
「まったく、その通りですよ」
ますます情けないとでも言いたげに眉を寄せる佐為に、ヒカルはちょっとムッとして言い返す。
「ガキの頃の話だからな」
「ダメですよ、むしっては」
「だから、ガキの頃の話だってば！」
佐為は疑わしげに、目を細める。
ヒカルはぷい、と顔を背けた。
その瞳の先には、見事なまでに枝垂れ下ろす雪柳があった。
「だってさ‥‥キレイじゃん？キレイだから、喜ぶかなと、思ったんだよ」
「そうですね。本当に美しいですものね」
佐為のやわらかな声に、振り返る。
「ヒカルは優しい子ですね」
「別に‥‥‥」
「でも、むしっちゃ駄目ですよ」
「だからっ！もうやんねぇっての！」
クスクスと、佐為が笑う。

その笑顔こそ、なんて〈春〉にふさわしい────。

「‥‥‥‥ほら。行くぞ、佐為！」
「はい」




春風が通り過ぎる。


風は、すべてを輝かせ、青空へと光を舞い上げていった。





(2004.04某日)