苺(いちご)
秀麗：	静蘭、見て見て！
静蘭：	ああ、今年は豊作のようですね。
秀麗:	まだたくさんあったわよ。とりあえずこれだけ採ってきちゃった。
劉輝：	ん？秀麗、手に何を載せているのだ？……苺ではないか。でもずいぶんと小さいな。形も悪い。
秀麗：	……悪かったわね。
劉輝：	え、な、なんで不機嫌!?
静蘭：	うちの畑の苺なんですよ、主上。
秀麗：	うちで食べるだけだもの、小さくても形が悪くてもいびつでもまずそうでもいいの。
劉輝：	いや、そこまでは言ってな──
秀麗：	でも、味はよかったわよ。ちょっと酸っぱいけど。はい、静蘭。あーん。
静蘭：	あーん。
劉輝：	おおおおい秀麗「あーん」って……静蘭ずるいっ、おいしすぎるぞっ！
静蘭：	ん、おいしいですよ。このくらい酸味があった方が私は好みですね。
劉輝：	いや、そうではなくて……(涙)
秀麗：	ちょっと、泣かなくたっていいじゃない。ちゃんと劉輝の分もあるわよ。
劉輝：	秀麗〜っやっぱり秀麗は優しいのだ──
秀麗：	はい。手を出して。
劉輝：	え？
秀麗：	「え？」？
劉輝：	いや……ほら、秀麗、余にも「あーん」って……。
秀麗：	何言ってるの、いい大人が子どもみたいに。
劉輝：	静蘭にはしたではないか!?
秀麗：	静蘭は家族だからいいのよ。
静蘭：	お嬢様もどうぞ。はい、あーん。
秀麗：	あーん。
劉輝：	静蘭まで!?
静蘭：	家族ですから。
秀麗：	昔からこんな感じよね。
劉輝：	ということは静蘭は、幼い秀麗に「あーん」してもらったり「あーん」してあげたりしていたのか……！
静蘭:	( っ………!?)
劉輝:	ずるい、ずるいのだ、なんかいろいろずるいのだ！秀麗もずるい、静蘭は余のあに……モゴッ
静蘭：	はいはい主上、ぐだぐだおかしなこと言ってないで、とっとと食べちゃってくださいね。お嬢様、残りは旦那様へですか？
秀麗：	ええ。あと、お夕飯の菜に入れようと思って。
静蘭：	でしたらこの蜜柑もお願いします。
秀麗：	……どうしたの、この蜜柑？
静蘭：	まあ……天の恵みです。
秀麗：	ふうん……？
劉輝：	……秀麗。
秀麗：	何？
劉輝:	その、なんだ、この苺は余が知っている苺とはずいぶん違って、固いし酸っぱいけれど、でも……あたたかい味がするな。あ、温いとか冷たいとかいう意味ではないぞ。
秀麗:	分かってるわ。「あたたかい味」って、おもしろい表現ね。
劉輝:	なんていうかその……うらやましい味だった。
秀麗：	……劉輝。苺の株、持って帰る？
劉輝：	良いのか？
秀麗:	もうずいぶん増えたし、これからも増えるだろうから平気よ。ちゃんと育てれば、来年また実をつけるわ。
静蘭:	では私が鉢に移しておきます。
秀麗:	お願いね、静蘭。じゃあ私はこの苺を厨房に置いてくるわ。
静蘭:	はい。
	(秀麗を見送って)
静蘭:	良かったですね。
劉輝:	うむ。毎日の水やりは忘れぬぞ。
静蘭:	当然です。枯らしたりしたら私が承知しませんよ。
劉輝:	う、うむ？
静蘭:	あの苺は、奥様がまだご存命中に植えられたものなんです。
劉輝:	そうだったのか。秀麗にとってあの苺は大切な思い出なのだな。
静蘭:	苺の花言葉をご存じですか？
劉輝:	いや。なんと言うのだ？
静蘭:	『幸せな家庭』。苺が蔓を伸ばして株を増やしていくように、この家がたくさんの幸せに恵まれるようにとの願いが込められているんです。お嬢様にとっては、奥様の思い出と同時に、家族の象徴でもあるんです。それだけに、毎年実がなるのを、それは楽しみにしていらっしゃるんですよ。
劉輝:	だから秀麗は拗ねたのか。知らなかったとはいえ、無神経な事を言ってしまったな。
静蘭:	よかったですね、主上。
劉輝:	いや、よくはないだろう。あとでちゃんと秀麗に謝るぞ。
静蘭:	それは後でご存分に。そうではなく。お嬢様は主上を家族に近しい者の括りに入れて考えられたんですよ。
劉輝:	そうなのか！
静蘭:	株ごと他人に分け与えるのは、主上が初めてですから。 まあ、苺なんてこのあたりではどこの家にも生えている野草のようなものですから、今まで他人に譲る必要がなかったというのもありますが。
劉輝:	静蘭……おぬしは余を喜ばせたいのかいじめたいのか、どっちなのだ。
静蘭:	人聞きの悪い。素直に喜べばいいんですよ。よかったですね、と、申し上げたでしょう？
劉輝:	そうか……では秀麗は、余にも「あーん」をしてくれるだろうか。
静蘭:	それはないですね。
劉輝:	兄上〜っ！(涙)
静蘭:	私はあなたの兄ではありませんが。……仕方ありませんね、苺を分け与えたお嬢様に免じて、帰るまでくらいならその役割を受けましょうか。
劉輝:	え……？
静蘭:	おいで、劉輝。一緒に苺の株を見に行こう。
劉輝:	はい……兄上！
…「あーん」はですね。 秀麗と静蘭は、ちっちゃい秀麗が能面静蘭の口の中に無理矢理押し込んでいた頃からやっていたので、 習慣化してしまっているため、照れがないのです。 (静蘭はわかっててやってる確信犯) ので、劉輝には今さらやらないだろうなあ、と。 でも、本編完結直前あたりの秀麗なら、思いっきり照れながらやってくれそう(*^^*) …なんて設定で、ひとつ(^-^; 2012.3.25脱稿