花菖蒲(はなしょうぶ)
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劉輝: |
何をしているのだ、こんな池の前で。 |
静蘭: |
主上…っ。…気配を消して後ろから忍び寄るのは、やめていただけませんか。 |
劉輝: |
珍しいな。声をかけるまで気がつかないなんて。 |
静蘭: |
…確かに少し、緊張感に欠けていましたね。主上に後ろをとられたとは、不覚です。 |
劉輝: |
余はこれでも、武芸大会でそなたから一本とったこともあるのだがな。それで?池の中に何かいたのか? |
静蘭: |
ああ、いえ…花菖蒲を見ていました。 |
劉輝: |
花菖蒲?こんな季節に?花など一つも咲いていないぞ。 |
静蘭: |
まだ冬ですからねえ。 |
劉輝: |
? |
静蘭: |
(苦笑して)少し、息抜きをしていたんですよ。もう、戻ろうと思っていたところです。 |
劉輝: |
……花菖蒲といえば、一つ思い出したぞ。 |
静蘭: |
何をですか? |
劉輝: |
昔、兄上と、よくここで遊んだことだ。 |
静蘭: |
ああ、主上にはたくさんの兄公子がいらっしゃいましたね。 |
劉輝: |
そういう意地悪をそなたが言うのか。じゃあ「余の敬愛する一番大好きな上から二番目の兄上」とだな…もっと詳しく言った方がよいか? |
静蘭: |
いえ…十分です。 |
劉輝: |
その兄上がだな、余と遊んでくださった時に、紫の花菖蒲がこの池の周り一面に咲いていて、それが本当によくお似合いでな。花菖蒲をじっとご覧になるそのお姿に、それはもう見惚れたものだった。 |
静蘭: |
ああ……………………(思い出し笑い)そうですか。 |
劉輝: |
…(咳払い)まあ、あの頃はまだ、花に意味があるなんて知らなかったから、ちびっちゃい余はここへ連れてきていただいて、ただ喜んでいただけだったのだが。静蘭、花菖蒲の意味を知っているか? |
静蘭: |
「あなたを信じます」「優しい心」「熱心」……「忍耐」…ですか。 |
劉輝: |
今にして思えば、兄上は花菖蒲を見ることで、己を律していらしたのかもしれぬな。兄上は余を守ってくださったが、兄上だってあの頃はまだ子どもだった。耐え忍ばねばならないことも多かっただろう…大人達をも手玉に取るくらい聡明でいらしたけれど、子どもの身で渡り歩くのは、やはり大変だったろうと思うのだ。 |
静蘭: |
…私は主上の「兄上」を知りませんので、かの方のお心は計りかねますが。でも、たぶん…かの公子にとっては、主上も「花菖蒲の花」だったと思いますよ。 |
劉輝: |
余が…? |
静蘭: |
「あなたを信じます」…あなたは花菖蒲の花以上に、兄上を信じていらしたようですから。だからきっと、主上は兄上の良い支えとなっていましたよ。…だから、どんな困難にも耐えられた、と。 |
劉輝: |
本当か? |
静蘭: |
ええ。 |
劉輝: |
では余は、静蘭が愚痴を言う相手くらいにはなれるかな。 |
静蘭: |
……私の? |
劉輝: |
静蘭は、本当の気持ちを隠すところがあるだろう?だから、花菖蒲の意味をあげた時に、一番最後に出てきたものが、ここにいた理由なのではないかと思ったのだが。違ったか? |
静蘭: |
……素直に頷くのは、なんだか癪ですね。 |
劉輝: |
(苦笑)。 |
静蘭: |
まあ…主上のそれに比べれば、些細なことなのですよ。大切なものを、ただ守ればいいと思っていたら、そうではなかった。剣を持てばずっと側で守っていけると思っていたら、それだけでは何の役にも立たないことを思い知らされた。それが分かって…そう、ほんの少し、戸惑っているだけなんです。 |
劉輝: |
…秀麗は、守る側の人間だからな。 |
静蘭: |
この先、剣を持つ武官の私では、むしろ邪魔になることもあるでしょう。それが最善の策であればなおさら、側で守れないことにも納得していかなければならない。ですが…そう、「ですが」と続けてしまう程度には、私はあきらめが悪かったようなんですよね。 |
劉輝: |
…余もあきらめが悪いから、一緒だ。 |
静蘭: |
(苦笑まじりに)お互い、そういう巡り合わせなんでしょうか。 |
劉輝: |
でも余は、静蘭も、秀麗も、信じている。 |
静蘭: |
ありがとうございます。私もあなたを信じていますよ…何があっても、必ず。 |
劉輝: |
うん…分かっている。 |
静蘭: |
花菖蒲…咲いたらまた、見に来ましょう。できたら、お嬢様も一緒に。 |
劉輝: |
きっとだぞ…約束だぞ。絶対だぞ。 |
静蘭: |
はい…初夏はきっと、思っているよりも早くめぐってきますよ。
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