| 花菖蒲(はなしょうぶ) |
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| 影月： | うわあ、花菖蒲が満開ですねー |
| 秀麗： | ほんと、池の周りが一面紫色で綺麗ねえ。よかったわ、茶州へ行く前に見られて。 …はい、影月くん、お饅頭どうぞ。 |
| 影月： | ありがとうございます。ボク、秀麗さんの手作りお饅頭、大好きですー。 |
| 秀麗： | ありがと。はい、静蘭も。 |
| 静蘭： | ありがとうございます。しかしお二人とも、よくこんな場所をご存じでしたね。 |
| 秀麗： | だって…ねえ？ |
| 影月： | はい。進士のお仕事の時に、このあたりはよく通りましたから。 |
| 秀麗： | 外朝の端から端まで、よく走り回ったわよねぇ。 |
| 影月： | 近道したり。 |
| 秀麗： | そうそう。 |
| 静蘭： | でもあの頃はまだ、花どころか蕾もついていなかったでしょう。 |
| 秀麗： | 最初に気づいて教えてくれたのは、影月くんだったわよね。 |
| 影月： | アハハ、そうでしたっけー。 |
| 秀麗： | そうよ。花菖蒲の花言葉は『忍耐』なんだって、教えてくれたじゃない。 |
| 影月： | 花、咲いてませんでしたけどねー。 |
| 秀麗： | だから私、楽しみにしてたのよ。何色の、どんな花が咲くんだろうって。 |
| 影月： | 僕もここを通るたびに、よく見てました。早く咲かないかなって。 |
| 静蘭： | お嬢様も影月くんも、進士の間はよく耐えて頑張っていらっしゃいましたからね。その分思い入れもあったのでしょう。 |
| 秀麗： | ん〜…でも、『忍耐』っていうのとは、ちょっと違うかも。 |
| 影月： | あ、僕もです。 |
| 秀麗： | 影月くんも？ |
| 影月： | 僕は官吏になりたくてなって、やりたかったことをやっていたわけですし。だから、我慢してるって感覚は、なかったですねー。 |
| 秀麗： | 私もよ。かなわないはずの夢が現実になったんだもの。このくらいで負けてなるもんですか！って…これって『忍耐』っていうより、『根性』？ |
| 影月： | アハハハ、確かに『根性』って感じでしたね〜。 |
| 秀麗： | やることがいっぱいあって「ああもうなんでこんなに忙しいのーっ」って時に、あの花菖蒲を見て、まだ大丈夫って思えたのよね。ほら、「忙しい」って、「心」を「亡くす」って書くじゃない？だから、花に気づく余裕が心に残っている自分は、まだ大丈夫、って。 |
| 影月： | 心をなくして目的も見失ってしまったら、大変ですねー。 |
| 秀麗： | そうよ。大変よ。本末転倒よ。でもね、私ったら「絳攸様が『あがってこい』って言ってくださった」こととか、「藍将軍に『忍耐』って不思議な感じねえ」とか、そんなことまで思い出せたのよ。そんな余裕もあったのよ。フッ、あのくらいでへこたれるような秀麗さんじゃあないわ。あれは「忙しかった」んじゃないの！「貧乏、暇なし」だったの！うちは貧乏だから、ちょうどいいわ！ |
| 静蘭： | お嬢様…たくましいですね(苦笑) |
| 影月： | 秀麗さん、かっこいいですー。 |
| 秀麗： | …なんて。偉そうに言ったけど、本当は時々、くじけそうだったこともあったんだけどね。 |
| 静蘭： | お嬢様…。 |
| 秀麗： | 静蘭にも、ずいぶん心配かけちゃったし。 |
| 静蘭： | (苦笑する)…………。 |
| 秀麗： | 静蘭の方がよっぽど我慢してるわよね。いつもいつも家族みんなで迷惑かけて…。ほんと、静蘭ってば忍耐強いったらないんだから。 |
| 静蘭： | それこそ『我慢』とも『忍耐』とも思ったことは一度もありませんよ。私はここにいたくているんです。 |
| 秀麗： | (ためらうように)…『剣』も、もらっちゃったし。 |
| 静蘭： | これからは心おきなく、お側でお嬢様をお守りすることができます。 |
| 秀麗： | ………本当に、いいの？ |
| 静蘭： | はい。 |
| 秀麗： | (苦笑まじりに)もう……。あー、私、今、ここに咲いている花菖蒲、全部静蘭にあげたい気分だわ。 |
| 静蘭： | お嬢様にいただけるのでしたら、主上にいただく花以上にうれしいですよ。 |
| 秀麗： | 大げさねぇ。ね、知ってる？花菖蒲には『忍耐』の他に、『優しい心』『あなたを信じます』って意味があるんですって。もうどれもこれも、静蘭そのものよね。 |
| 静蘭： | ああ確かに、私はお嬢様を信頼していますからね。 |
| 秀麗： | 逆でしょ。『私』が、静蘭を信頼しているのよ。 |
| 静蘭： | うれしいことを言ってくださいますね。 |
| 秀麗： | それに…ほら、姿形だって、堂々としていて気品があってかっこよくて、尖った葉が剣を携えているみたいで、そんなところもぴったりだし。 |
| 静蘭： | 過分に評価していただいて光栄ですが。お嬢様。 |
| 秀麗： | なあに？ |
| 静蘭： | そういった意味では、私よりもたぶんずっと『花菖蒲』の似合う方が、後ろの木の陰に。 |
| 秀麗： | えっ!?あーっ、あんたまたそんなとこで、何してんのよーっ！ |
| 影月： | うわあ、僕、全然気がつきませんでした。いつからあそこにいらしたんでしょう？ |
| 静蘭： | さあ…いつからでしょうね。顔半分覗かせていらっしゃいますが…どうなさいますか、お嬢様。 |
| 秀麗： | もうっ…あなた、ちゃんとやることやってきたんでしょうね!? |
| 影月： | あ、頷いてますよー。 |
| 静蘭： | 必死ですね。 |
| 秀麗： | 仕方ないわね…いいわ、お饅頭あげるから、こっちにいらっしゃい──劉輝。 |